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2023年2月10日

リアルテックが変革する水インフラ – WOTA 前田瑶介 × リアルテックHD 丸幸弘 対談 –

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WOTA 前田 瑶介 | リアルテックHD 丸 幸弘 | リアルテックが変革する水インフラ

リアルテックファンドが出資する東京大学発のベンチャー「WOTA」は、世界の水問題の構造的解決のため、上下水道のような大規模集中型インフラに頼らず、生活排水の再生・循環利用を可能にする「小規模分散型水循環システム」を開発。これまでに、西日本豪雨災害などの避難所をはじめ、すでに累計2万人以上がWOTAの提供するユニットでシャワーや手洗い等を行ってきました。災害だけでなく介護の現場や、水の処理が難しい離島などでの展開について、WOTAの代表を務める前田瑶介氏と、同社をメンターとしてサポートしてきたリアルテックホールディングス株式会社・代表取締役の丸幸弘が語り合いました。

西日本豪雨の報道で見たWOTAの衝撃

 僕と前田くんが最初に会ったのは、前田くんが起業する前でしたね。

前田 はい、いちばん初めは2014年です。僕が学生のときに開かれた軽井沢のイベントで、丸さんの講演を聞いたのが最初でした。そのときに丸さんが「これからの世界では『知識製造業』があらゆる領域で求められる」って話をされて、それを聞いて圧倒されたことをよく覚えてます。

 前田くんもあの場にいたのですね! たぶんそのとき、めちゃくちゃな話をしてましたよね(笑)。「知識製造業」というのは、「いまこの世に存在する知識を組み合わせることで、世界の課題を解決すること」という意味だけど、いま前田くんがやっているWOTAの事業こそ、まさに知識製造業の代表例だと思います。

最初の頃のことはあまり覚えていないのですが、WOTAについて、僕がはっきり記憶しているのは、2018年の西日本豪雨のあと、被災地で「WOTA BOX」(※1)が使われているのをニュースで見たときのことです。豪雨で川の水が氾濫して、多くの住宅の床上にまで水が浸水したあの災害では、水道がしばらく使えなくなりましたよね。被災した人たちは体育館の中で、シャワーを浴びることも手を洗うこともできず、汚れたままでいるしかない。何より泥水がそこら中に溢れているのに、『きれいな水』はどこにもないことに衝撃を受けました。

​※1 WOTA BOX:水道のない場所でも水の利用を実現する、WOTAが開発・販売するポータブル水再生プラント。ユニットと接続することで大自然の中や災害時に、排水の98%以上を再生することでシャワーや手洗いが可能となる。再生水の水質はWHOの飲料水の基準を満たし、いつでもどこでも安心安全な水が使えるようになる。

前田 はい、洪水や地震などの大きな災害では、水道が使えなくなるエリアが発生する可能性が高くなります。

 でもそこにWOTA BOXが届けられたことで、被災者の人たちはシャワーを浴び、体を清潔に保てるようになった。WOTA BOXがあれば、限られた量の水を何度も浄化しリサイクルできるから、水道が寸断された状況でも多くの人が水を使えるようになる。その報道を見て、「これこそ災害大国・日本に必要な技術だ」と思いました。

前田 西日本豪雨の災害が起こったときは、資金調達の前で会社の預金残高がほとんど底をついていたときでした。でも「水問題を解決する」というのは我々の会社にとって、最も重要な目的です。それで関係者の方々に「ここで被災地に(WOTAを)持っていかなかったら、事業をやっている意味がない」とお伝えして、被災地に届ける判断をしました。

事業を進めるエネルギーは「強烈な原体験」

 お金がないのに、助けに行くところが本当にすごいですよね。スタートアップの鑑ですよ。水の問題というと、アフリカのサハラ砂漠のような乾燥地で飲み水やトイレの水をどうするか、というのが世界的な課題だと一般的には思われています。でも日本のような水が豊富な国であっても、いざ災害が起こって上下水道のインフラが絶たれると、途端にきれいな水が使えなくなってしまう。人が健康に生活する上で、飲み水よりもシャワーや手洗いなどに使われる水のほうが圧倒的に多いということに、WOTAのニュースで改めて気付かされました。

【画像】WOTA 前田 瑶介

前田 上下水道をはじめとする既存のインフラシステムの限界に気づいたのは、大学にちょうど入ったときでした。私は大学に入学したのが2011年なんですが、東日本大震災の前日の3月10日に上京したんです。東京に着いたらいきなり巨大な地震が起きたことにもびっくりしましたが、本当に驚いたのはその後です。間もなく、東北の津波に襲われた被災地を片付けるボランティアにいきました。

 

 そこで初めて、被災の現場を見たわけですね。

前田 はい。津波から逃れ命からがら避難できた方々のいらっしゃる避難所に伺ったのですが、水道が回復するまでに一月以上かかった地域もあり、米軍の支援が来るまでは、洗濯とか入浴もできませんでした。お年寄りや赤ちゃんが、入浴もできず長期間避難所で過ごされており、衛生的に危険な状態でした。それを見て、「これはなんとか解決しなければダメだ」と強く思いました。

【画像】リアルテックHD 丸 幸弘

 その経験が、前田くんの土台にあるのは本当に強いと思う。知ってのとおり、ユーグレナの創業者・出雲充は、大学生のときにNPOのインターンでバングラデシュを訪れて、現地の栄養不足の現状を目の当たりにしたことが、「ミドリムシで世界を救う」という創業の動機になりました。それと同じ「強烈な原体験」が前田君にもあるわけですね。起業家を突き動かす最大の動機は、「見てしまったからには、自分が解決するまでやめられない」という思い。事業がうまくいかないときでも、経営者にその強い思いがあれば必ず乗り越えられます。

前田 ありがとうございます、自分も被災地の現実を見たからこそ、「自分たちの事業は絶対に必要だ」と確信できていると感じます。たとえ少しぐらい、事業のやり方がずれたとしても、最終的には間違いなくWOTAが世界中に必要とされるはずだから、そこまで軌道修正しながら事業を続けていくだけです。実際に現時点で、WOTAは西日本豪雨以外にも、2016年の熊本地震や、2018年の北海道胆振東部地震などの被災地で、これまでに延べ2万人以上の方々の入浴に使われています。

新型コロナで注目を浴びた「WOSH」

 2つ目の製品として開発した水循環型手洗いスタンド「WOSH」(※2)も、新型コロナウイルス関連のニュースで大きく取り上げられましたね。リアルテックファンドがWOTAに出資したのは2021年、正確にいうと2020年10月には出資を決めていました。新型コロナウイルス感染症と投資判断は関係ないんだけれど、WOSHが注目を集めるおおきな契機になりましたね。

【画像】水循環型手洗いスタンド「WOSH」
※2 WOSH:水道のない場所にも容易に設置できる水循環型手洗いスタンド。使用した水の98%以上をその場で循環でき、わずか20リットルの水で500回もの手洗いが可能になる。手洗い中の時間に、雑菌の多く付着するスマートフォンを装置に挿入することで、自動的に紫外線消毒ができる。

 

前田 はい、新型コロナウイルス感染症を予防するのに、手洗いが重要であることが周知されたことに絡めて、いくつかのニュースで紹介されました。世界の歴史を見ても、水と病気というのは密接な関係があって、例えば14世紀にヨーロッパ全体でペストが大流行したことがきっかけで、フランスで下水道が整備されるようになりました。WOSHを思いついたのも災害の現場からの声がきっかけでした。被災地では多くの場合、トイレのあとに手が洗えないので、ノロウィルスなどの病気が流行します。それでWOTAを見た方から、「手洗いに特化したより小さな水リサイクル機器が作れないか」と相談されたんです。

 新型コロナのパンデミックが普及を後押ししたけれど、WOSHも開発動機は災害時の衛生状態の向上だったわけですね。

前田 はい。WOSHの開発は、その後に役立つ大きな知見をもたらしてくれました。手洗いに使った水は、シャワーよりも洗剤の含有量が高いので、水処理にかかる負荷が大きいんです。そうした負荷が高い水を適切に処理する技術が確立できたことでWOSHは製品化でき、有楽町や銀座などの商業施設をはじめとする何百箇所にも設置されたことで、これまでに累計200万回もの手洗いを提供できています。WOSHやWOTA BOXが登場する前は、日本の誰も再生水を手洗いや入浴に使っていませんでしたが、これからは日本でも再生水の利用が浸透していくと考えています。

 WOTAの強みはまさにそこ、上下水道の成分のデータを大量に分析することで、一回使用した水を最適に処理する技術を生み出したことにありますよね。しかも昨年には再生水の膜処理や化学処理に加えて、微生物を使った生物的処理によって、軽井沢で一軒の家の排水をまるごと再生する実証実験にも成功しています。

し尿を含む下水には、油や菌、ウィルスなどの有機物が大量に含まれていて、しかもその成分が場所や時間、使用者によって変化する。そうした成分が一定ではない汚水を、超小型の機器できれいに浄化することで、これまで国が管理してきた上下水道のような「中央集権型」のシステムとは全く違う、「小さな水のシステム」を実現したことが革命だと思います。

WOTAのニーズは、確実に世界中にあるはず。例えば太平洋に無数にあるサンゴ礁でできた小さな島の多くは、きれいな水を安定的に確保するのが難しく、下水道も整備できずにいます。そういう島の村にWOTAを整備すれば、「10軒の家のためだけの上下水道システム」ができあがる。しかもそのコストは、上下水道を整備するよりもはるかに安い。

前田 そのとおりです。国が中心となって作る「大きな水のシステム」は、設置に多大な時間と労力、資金が必要です。川や湖から取水して、それを消毒し、各家庭に送り、下水を通じてきれいにするのにも、巨大な企業がそれぞれの得意分野を生かして分業するしかなかった。その分業に最適化する努力をしてきたからこそ、私たちが作った「小規模分散型水循環システム」を作ろうという挑戦が生まれたのかもしれません。。

【画像】対談の様子

介護施設でのQOLに関わる水問題

 そもそも、前田くんが「水」というものに興味を持ったきっかけは何ですか? 確か、言い方が悪いかもしれませんが、徳島県のかなりの田舎に生まれたと聞きました。

前田 そうなんです。徳島は今も上下水道の普及率が日本全国の中でかなり低く、井戸や小川の水を飲んだり、スイカを冷やしたりするのが子どもの頃の日常でした。そういう地域ですので川の水も非常にきれいで、自然の水の恵みを当たり前として暮らしていたんです。それで東京に来て一番違和感を感じたのが、自然の水との距離が遠いということでした。例えば神田川一つとっても、地元の方に聞いても、「泳いだこともないし、泳げるかどうかもわからない」という反応で、身近な川について生活の中での経験が無いということに違和感を感じたのを覚えています。

 昔は、神田川だってみんな釣りでとった魚を食べたり、子どもが泳いでたりもしてたんですよね。今の当たり前は、決して昔からの当たり前ではなく、時代と場所によって、日本人の水との付き合い方に大きな変化が起こっている。WOTAの事業は、そこに巨大な変化を起こすインパクトを持っていると思います。そうそう、ちょうど先日出張先で、「これはぜひ前田くんに相談しよう」と思った出来事がありました。岐阜県である研究者に出会ったのですが、その方から「今の介護施設には、入居者の方のQOLに関わる、とても大きな水に関する問題が存在する」と聞いたんです。

前田 介護施設の水問題、どういった内容でしょうか?

 それはね、「洗髪」。健康な若い人は、基本的に髪を毎日洗っていますよね。でも介護施設で寝たきりになっている方は髪を洗うのがとても大変で、基本的に週に2回の入浴のときしか洗えない人が多いそうです。でも夏場なんかは、髪を洗わないと汗や脂でべたつくし、においもしてくるし、衛生的にも良くないですよね。それでその研究者の方は、ベットで寝た状態でも髪が洗えて、洗った水を回収できる装置を自分で組み立てたんです。

前田 なるほど、それはすごいですね。

 でもやはり、機械の専門家じゃないから、装置も大きいしまだ実用レベルではない。それで、その装置を見た瞬間に、「WOTAなら介護施設で髪を洗う機器が作れる!」と思ったんです。

前田 はい、すぐにできると思います。

 ですよね(笑)。ぜひやりましょう! スーツケースに入るぐらいの大きさで、がらがら引っ張って持ち運べるような「水循環型・洗髪装置」ができたら、日本だけでなく世界の介護施設や病院で大歓迎されるはずです。WOTAの事業は前田くんの「大規模災害時の水の問題を解決したい」という強い思いでスタートして、その思いがこれからの事業のコアであることは変わりありません。その一方で、WOTAが培った技術や知見は、先ほどの介護施設の例でもわかるように、水に関するさまざまな人の悩み、課題を解決する可能性を秘めています。前田くんはまだ20代の若さでありながら、本気で世界の課題をディープテックによって解決しようとしていることが、本当にかっこいいと思います。

前田 ありがとうございます。 丸さんたちの思いを全力で受け止め、これからさらに力を入れて、世界の水問題解決に挑戦していきます。

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